連れ出しスナックで愛を探す:湯けむりの中で暮らした日々
内容はすべてフィクションです。情報はその当時のもので最新ではありません。
近年、タイ人が日本で入国拒否を受ける割合が増加しているというニュース記事を読んだ。さらに不法滞在の割合も多く、難民申請の数は2023年に比べて10倍以上になっているということだった。私にとって、このニュースは他人事のようには聞こえなかった。
コロナ禍を経て、再び上山田温泉のスナックへタイ人たちが出稼ぎに来るようになった。この街は「色恋の街」だと誰かが言っていた。その言葉に漏れず、私はあるスナックで知り合ったタイ人女性Sと付き合っていた。
おそらく初めのうちは、彼女は打算的に誰か助けてくれる人を探していたから、私と関係を持ったのだと思う。当時の私も彼女に対してまったく誠実ではなく、同時期に別の温泉街のスナックのタイ人女性とも付き合っていた。
それでもSが日本に来るときには空港に迎えに行き、そのまま数日間を共に過ごしたりと、最低限のことはしていた。ビザなしで入国する場合、タイ人が日本に滞在できるのは2週間程度と短い。だから、数日間でも私と過ごすことに使うのは、稼ぎを考えれば非効率である。それでもSはできる限り私との時間を作ってくれた。
ある時、Sは昼頃の便で日本に到着していたのに、夜まで空港で私の迎えを待っていたこともあった。彼女は日本では電車に一人で乗ることすら満足にできなかった。だから私は彼女が心配だったし、彼女も私の助けを必要としていた。
Sと関係を持って半年ほど経った頃、仕事の都合で彼女を帰国の日に空港まで送っていけないことが分かり、その旨を伝えた。するとSは、「タイには帰らない」と言い出した。理解できずにいると、彼女は翻訳アプリの画面を私に見せた。そこには「難民ビザを取得する」と書かれていた。
正確に言えば、難民申請をして、その審査期間中に日本に滞在できる制度を悪用しようとしていたようだった。翌日、Sは品川の入国管理局に行き、難民申請をした。その申請は受理され、審査期間へ移行した。彼女は思惑どおり、合法的に日本に長期滞在する資格を得たのだった。当時の私は、このように制度を悪用して日本に滞在する方法があることを知らず、ただ秘密裏に進められていたSの長期日本滞在計画に驚くだけだった。
そしてSは上山田温泉に自身の部屋を借りた。何せ出稼ぎに来るタイ人が多い街であるから、Sのような保証も持たない人間でも、上山田温泉では部屋を簡単に借りることができた。短期で出稼ぎに来ていた頃、Sは2〜3人で部屋をシェアしていた。だから、私が彼女の部屋に遊びに行けるタイミングは、彼女以外の人たちが帰国したり、出かけている時しかなかった。その部屋でSを抱くのもなかなか乙なものであったが、彼女が自身の部屋を借りたことで、私はSの部屋に入り浸るようになった。初めのうちは、Sが仕事に行く時に私も帰宅していた。そのうち、Sが仕事に行っている間も彼女の部屋で過ごすようになった。
もちろんSは客に連れ出されるホステスの一人だったが、私が部屋にいる時は、店が閉まると必ず帰ってきてくれて、一緒に寝た。朝起きればSは朝食を振る舞ってくれ、夜に彼女が仕事へ行く前には夕食を作ってくれた。私は彼女が作る食事が好きだった。
ある日、私は友人たちと上山田温泉のスナックで飲んでいた。飲み会がお開きになり、せっかくだからとSが働くスナックに顔を出してみた。ちょうどSは若い男性たちのテーブルで接客中だったが、私の顔を見るとすぐにこちらに来てくれた。すると、彼女がいたテーブルから「Sを連れ出すかどうか」を話している声が聞こえた。私は咄嗟にSを抱きしめ、彼女が接客していた男性たちに見せつけるようにキスをした。その時、私はSのことを本当に好きになっていて、他の男性と一緒にいるところすら見たくない自分の気持ちに気づいた。それから私は週のほとんどを彼女の部屋で過ごすようになった。彼女の家から出勤し、彼女の家に帰宅した。彼女が仕事に行くまでは一緒に過ごし、仕事中は部屋で彼女を待っていた。
ある夜、コンビニに行くために外出すると、彼女の店の方から男女二人組が歩いてきた。嫌な予感がして物陰に隠れると、旅館の浴衣を着たおっさんとSがホテルへ向かっている最中だった。いつか見ることになる光景だとは思っていたが、いざ見てしまうと衝撃的だった。彼女が仕事でどんなことをしているのか、頭では理解していた。しかしそれを現実として突きつけられた時、どうしてこんな思いをしなければならないのかと思った。それ以降、Sが仕事に出ている時は、できるだけ外出しないようにした。
Sは私と過ごすために仕事を休むようになった。そのおかげで、私たちはさまざまな場所へ旅行に出かけた。札幌へ行ったり、富士山を見に行ったりもした。大阪に行ったときもあった。Sの誕生日には、千葉県の夢の国へ行った。そのまま関東で数日間過ごし、幸せな気分で上山田温泉に帰ってきた。翌日、Sは同じ店で働く友人たちと誰も連絡が取れないと騒いでいた。なんとSが働いていた店が警察に摘発されていたのだった。彼女は私と旅行に出ていたため無事だったが、友人たちは皆逮捕されてしまった。私たちは、幸せの絶頂から一気にどん底へ突き落とされた。摘発時、Sがその店に所属していることを警察は把握していたらしく、彼女の行方を探しているという情報が回っていた。このまま上山田温泉に滞在するのは難しいと考え、Sは急遽帰国することになった。私たちは抱き合って泣いた。そして翌日の便で、Sはタイに帰国した。
主を失ったSの部屋に戻ると、持ち帰れなかった彼女の私物がたくさん残っていた。しばらくの間、その部屋で寝泊まりすることもあったが、頃合いを見て解約した。それが、私の上山田温泉での暮らしが終わった瞬間だった。
Sが帰国した後、私は何度か彼女に会いにタイへ行った。しかし、結局彼女とは別れた。彼女の私への気持ちは変わらなかったように見えたが、私自身の気持ちが変わってしまったのだった。Sと過ごした日々は、正直に言えば、良い思い出ばかりではなかった。何度も衝突して、別れ話をした。それでも結局、和解して元に戻ることを繰り返した。私たちの関係は、いつしか停滞していたように思う。そして、一度難民申請をしてしまうと日本への入国のハードルが上がるため、彼女に会うにはタイへ行くしかなかった。私はそんな関係に、少しずつ疲れていったのだと思う。それでも、私は彼女と過ごした1年7か月を忘れることができない。